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提供: 北海道旧土人保護部落戸口表(明治5年)コタンの研究
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<br />明治32年(1899年)旧土人保護法により、太平洋岸から10㎞程上流にある泊別(とまりべつ)の大野農場に隣接する給与地に20戸程のアイヌが強制移住させられる。
<br />明治32年(1899年)旧土人保護法により、太平洋岸から10㎞程上流にある泊別(とまりべつ)の大野農場に隣接する給与地に20戸程のアイヌが強制移住させられる。
<br />元秩父困民党大隊長の飯塚森蔵はこのコタンに隣接する地に潜伏していた。
<br />元秩父困民党大隊長の飯塚森蔵はこのコタンに隣接する地に潜伏していた。
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2026年4月26日 (日) 03:44時点における版


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ID 支庁 町村名 部落名 戸数 給与地面積 同上開墾面積 開墾不能地積 互助組合の有無
187 釧路國 白糠村 庶路村 2 2 0 269 98
座標

備考

部落名の読み

しょろ

現在地

手がかり

コタンは庶路川の太平洋岸川口にあった。
明治32年(1899年)旧土人保護法により、太平洋岸から10㎞程上流にある泊別(とまりべつ)の大野農場に隣接する給与地に20戸程のアイヌが強制移住させられる。
元秩父困民党大隊長の飯塚森蔵はこのコタンに隣接する地に潜伏していた。

地誌

荒川 その土と心 313頁

その他