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提供: 北海道旧土人保護部落戸口表(明治5年)コタンの研究
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  | 座標 = 43.823517266201726, 144.09249892641174
  | 現在地 = 北海道網走郡美幌町元町
  | 現在地 = 北海道網走郡美幌町元町31
  | 手がかり = 明治24年(1891年)、美幌外五ヶ村戸長役場の戸長であった鹿児島県出身の野崎政長が、美幌村、杵端辺村、古梅村、活汲村、達媚村、翻木禽村の六ヶ村に分かれていたアイヌ民族を役場周辺で暮らすよう諭し集めている。
  | 手がかり = 明治24年(1891年)、美幌外五ヶ村戸長役場の戸長であった鹿児島県出身の野崎政長が、6ヶ村に散在するアイヌ民族を役場周辺で暮らすよう諭し集住させた。
<br/>明治45年(1912年)5月、山火事によりアイヌコタン20戸余りに罹災。
<br/>役場周辺のコタンとは別に後に野崎と呼ばれる地区に給与地があった。
<br/>明治45年(1912年)5月、山火事によりアイヌコタン20戸余りが罹災し給与地に移転している。
<br/>美幌外五ヶ村戸長役場やコタンは、閉館した美幌ユースホテルのある丘にあった。
<br/>
<br/>網尻郡 各村の戸数(明治6年(1873年))
<table class="wikitable">
  <tr>
    <th>村名</th><th>読み</th><th>戸数</th><th>人口</th>
  </tr>
  <tr>
    <td>美幌</td><td>びほろ</td><td>4</td><td>22</td>
  </tr>
  <tr>
    <td>杵端辺</td><td>けねたんべ</td><td>2</td><td>6</td>
  </tr>
  <tr>
    <td>古梅</td><td>ふるうめ</td><td>3</td><td>16</td>
  </tr>
  <tr>
    <td>活汲</td><td>かつくみ</td><td>3</td><td>14</td>
  </tr>
  <tr>
    <td>達媚</td><td>たつこぶ</td><td>5</td><td>32</td>
  </tr>
  <tr>
    <td>翻木禽</td><td>ぽんききん</td><td>1</td><td>8</td>
  </tr>
</table>
<br/>北海道殖民地区画図 美幌原野(明治38年(1905年))
<br/>[[ファイル:Ainu_map_bihoro.png]]
  | 地誌 = 美幌町史
  | 地誌 = 美幌町史
<br/>166頁 明治6年土人人別帳によるコタンの人数
<br/>[https://dl.ndl.go.jp/pid/9490592/1/99 166頁] 6ヶ村の人数(明治6年(1873年))
<br/>204頁 各村分布状況(明治21年12月31日現在調)
<br/>[https://dl.ndl.go.jp/pid/9490592/1/118 204頁] 各村分布状況(明治21年(1888年))
<br/>206頁 野崎戸長時代のコタン見取図
<br/>[https://dl.ndl.go.jp/pid/9490592/1/119 206頁] 野崎戸長時代のコタン見取図
<br/>
<br/>北海道殖民地区画図
<br/>[https://www3.library.pref.hokkaido.jp/digitallibrary/da/detail?libno=11&data_id=040-2426-1-p1 美幌原野](明治38年(1905年))
<br/>
<br/>美幌町百年史
<br/>[https://dl.ndl.go.jp/pid/13211606/1/693 1310頁] 災害の記録
<br/>
<br/>[https://www.town.bihoro.hokkaido.jp/uploaded/attachment/7642.pdf 美幌博物館 月刊情報誌 GREEN LETTER Vol.239]
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ID 支庁 町村名 部落名 戸数 給与地面積 同上開墾面積 開墾不能地積 互助組合の有無
062 網走 美幌町 第六區コタン 32 56 49 1393.62 698 57.11
座標
43.823517266201726, 144.09249892641174

備考[編集]

部落名の読み[編集]

現在地[編集]

北海道網走郡美幌町元町31

手がかり[編集]

明治24年(1891年)、美幌外五ヶ村戸長役場の戸長であった鹿児島県出身の野崎政長が、6ヶ村に散在するアイヌ民族を役場周辺で暮らすよう諭し集住させた。
役場周辺のコタンとは別に後に野崎と呼ばれる地区に給与地があった。
明治45年(1912年)5月、山火事によりアイヌコタン20戸余りが罹災し給与地に移転している。
美幌外五ヶ村戸長役場やコタンは、閉館した美幌ユースホテルのある丘にあった。

網尻郡 各村の戸数(明治6年(1873年))

村名読み戸数人口
美幌びほろ422
杵端辺けねたんべ26
古梅ふるうめ316
活汲かつくみ314
達媚たつこぶ532
翻木禽ぽんききん18


北海道殖民地区画図 美幌原野(明治38年(1905年))

地誌[編集]

美幌町史
166頁 6ヶ村の人数(明治6年(1873年))
204頁 各村分布状況(明治21年(1888年))
206頁 野崎戸長時代のコタン見取図

北海道殖民地区画図
美幌原野(明治38年(1905年))

美幌町百年史
1310頁 災害の記録

美幌博物館 月刊情報誌 GREEN LETTER Vol.239

その他[編集]